大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)6862号 判決 1973年9月06日

主文

被告らは各自、原告らに対し、各四九万二七八〇円と右各金員に対する昭和四六年四月二九日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を各棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らのその余を被告らの各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは連帯して、原告らに対し各七〇三万二六二六円およびこれらに対する昭和四六年四月二九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

訴外小柴政博は、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  発生時 昭和四六年四月二八日午前九時二五分頃

(二)  発生地 千葉県印旛郡四街道町和良比二六六番二号先路上

(三)  加害車 小型貨物自動車(四を二六四号)

運転者 被告窪田泉

(四)  被害者 政博(路上に佇立)

(五)  態様 轢過

(六)  政博は、同日午前九時四五分頃、内臓破裂により死亡。

二  (責任原因)

被告らは、左の理由で、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告相原は、加害車を所有して自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条による責任。

(二)  被告窪田には、加害車を発進させるに際し、車両の前方および側方ならびに車両下に対する注意を怠つた過失があるから、民法七〇九条による責任。

三  (損害)

(一)  逸失利益

1 被害者に生じた損害

政博は、死亡時満四才であつた。事故により死亡しなければ、満二〇才から満六〇才までの間働いて、収入を得た筈であり、その額(死亡時の現価)は左のとおり算定される。

年収一一七万二二〇〇円(昭和四六年度センサスによる。)

生活費 五割

ライプニツツ方式により中間利息控除

一一七万二二〇〇円×〇・五×(一八・六九八五四四七三-三・五四五九五〇五〇)=八八〇万〇九三六円

政博が満二〇才に達つするまで養育費の支出(月五〇〇〇円とし、左のとおり額が求められる。)が必要であるから、それを右金額から控除した八二三万〇六五六円が、政博が本件事故により失なつた得べかりし利益の額である。

五〇〇〇円×一二×一〇・八三八=六五万〇二八〇円

2 相続

原告らは、政博の父、母として、右金額を二分の一宛、相続により取得した。

(二)  慰藉料

政博の死亡により原告らが受けた精神的苦痛を慰藉するには、各四五〇万円が相当である。

(三)  損害の填補

原告らは自賠責保険金各二五〇万円の支払いを受けた。

(四)  弁護士費用

原告らは、弁護士費用一八三万四五九七円(各半額負担)の支払を約束している。

四  (結論)

よつて、被告らに対し、原告らは各七〇三万二六二六円およびこれに対する事故発生の日の翌日である昭和四六年四月二九日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四請求原因に対する認否

一  請求原因事実一のうち被告窪田が、原告ら主張の日時、場所において、加害車を運転したことは認める。政博が死亡した事実は不知、その余は否認する。

加害車は、政博に接触していない。政博は、道路端の塀から落ちたものと推測される。

二  請求原因事実二のうち被告相原が、加害車の所有者であることを認め、その余を否認する。

三  請求原因事実三は不知。

第五証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時、場所において、被告窪田が加害車を運転したことは当事者間に争いがなく、本件事故の態様については、左のとおり認定する。

(一)  死亡の原因

〔証拠略〕によると政博は昭和四六年四月二八日午前九時四五分頃死亡したこと、直接の死因は腹部に加えられた外力に起因する門脈破裂による失血であること、政博の腹部には多数の表皮剥脱、皮下出血があり、その損傷の配列は自動車による轢過の際に発生するものであること、各損傷の表面に付着している表皮片は、主として損傷の左上縁に牽縮されていること(従つて廻転するタイヤの牽引力により進行方向とは逆の方向に表皮が剥離されることを考えると、右轢過の方向は、腹部の左上方から右下方に向いていたものと推測できる。)が各認められるから、政博の死亡は車両による轢過に起因するものと判断する。

(二)  加害車による轢過

〔証拠略〕によると原告主張の事故発生現場付近の状況は別添図面のとおりであること。被告窪田は、大川栄子宅に内職の材料を運び入れ、仕上品を積み込むために、別添図面(駐)点に加害車を停車したこと、荷物の積み・おろしの際に、政博はその付近(別添図面(A)点)にいたこと、被告窪田が発進させた直後に、駐車位置の前方約二メートルの辺りに政博は倒れていたこと、それから立ち上り、歩き出したが、また腹部をおさえてしやがみこんだこと、その時刻頃、現場付近を通つた車両は、加害車のほかにはなかつたことが各認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

右認定事実に基くと、政博を轢過した車両は加害車であつたと認めるのが相当である。

なお被告窪田は、シヨツクを感じなかつた旨供述している。しかし発進直後の事故で、加害車には荷物も積んであつたし(前出甲第二号証により認める。)、轢過部位も腹部であるから、衝撃は強くなかつたものと考えられ、同被告の注意力の如何によつては、覚知できなかつたことも十分あり得る。

従つて右供述をもつて前記認定を左右するわけにはいかない。

(三)  轢過に至るまでの政博の行動

別添図面(A)点に立つていた時から、轢過に至るまでの政博の行動を直接に証明する証拠はない。

そこで外傷の部位、程度等を検討して判断する。

〔証拠略〕によると、政博には、(1)左腕関節前面に表皮剥脱二個、(2)右後肘部に皮下出血、(3)左下腿の内側と前面上部に各表皮剥脱、(4)右膝前部付近に皮下出血三個の各外傷の存することが認められ、右各外傷はその部位からして転倒に際し、受けたものと考えられるから、政博が自らの意思に基いて、加害車の下に入りこんでいたのではなく、倒れこんだものと判断する。

更に左の理由により、加害車との接触(政博の背部付近に接触)により転倒したものと判断するのが相当である。

1  右(1)ないし(4)の傷害の部位をみると、政博は、転倒に際して、前向きで、両手と両足が地面に接触したものと考えられる(更に仰臥して轢過された。)。

2  前出甲第一号証によると肩胛部付近に表皮剥脱、皮下出血、筋肉内出血が存することが認められるところ、それらの外傷は、転倒の際に生じたものではなく、また仰臥の際に生じたものとも認め難い(特に筋肉内出血はより強い力が加わつたものと考えるべき)。従つて転倒前に発生したものと推認できる。

3  事故現場の状況、それらの傷害の部位等を検討すると加害車との接触以外の傷害発生原因は見当らない。

〔証拠略〕によると加害車には接触痕が残つていなかつたことが認められるけれども、発進直後の幼児との接触事故であり、強力な衝撃があつたとは考えられないから、必ずしも痕跡が残るとは限らない。

但し右接触の際に、政博が動いていたか、佇立していたかは明らかでないし、また加害車の接触部位についても、右前部付近と推認できるが、場所を特定することはできない。

以上のとおりであるから、政博は加害車と接触して転倒し、更に轢過され、それにより死亡したとの事実が認められ、被告窪田本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  被告らは、左の理由で、原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告相原

同被告が加害車の所有者であることは当事者間に争いがなく(従つて特段の事情のない限り、運行供用者と認められる。)、本件事故が加害車の運行により発生したことは前記のとおりであるから、同被告は自賠法三条による責任。

(二)  被告窪田

前記認定事実に基くと、加害車の発車前に、政博が加害車の左前部付近にいたことは明らかであり、他方被告窪田らの作業中、政博が作業場付近にいたことは、前記認定のとおりであるから、同被告は、近くに幼児のいることは予め知つていた筈である。

斯る状況において発車するに際し、自動車運転者としては、単に前方確認やバツク・ミラーによる後方の安全確認に止まらず、乗車前に車の周囲の安全をも確認する義務があると云うべきである。

しかるに同被告は右義務を怠り、漫然と発車したために、本件事故を惹起せしめたものであり、従つて同被告には、発車に際して、安全確認を怠つた過失があるから、民法七〇九条による責任。

三  本件事故による原告らの損害は左のとおりである。

(一)  逸失利益

1  政博に生じた損害

〔証拠略〕によると政博は昭和四二年三月二九日生れであることが認められ(従つて本件事故当時満四才)、死亡しなければ、満二〇才から満六〇才までの間稼働し、収入が得られた筈であり(その額は、特段の事情の認められない本件において、一般の男子労働者の平均額を下らないものと考える。)。その死亡時の現価は、生活費として、収入の五割を控除すると、左のとおり四六〇万七二一四円となる。

年収 一一七万二二〇〇円(昭和四六年度賃金センサス一般男子労働者平均による。)

生活費 五割

中間利息控除 ライプニツツ方式による。

一一七万二二〇〇円×〇・五×(一八・六九八五-一〇・八三七七)=四六〇万七二一四円

2  養育費控除

政博が満二〇才に達するまでの間、一月当り五〇〇〇円を下らない養育費の支出が必要であるところ、ライプニツツ方式により死亡時の現価を求めると、その額は左のとおり六五万〇二六二円となる。

五〇〇〇円×一二×一〇・八三七七=六五万〇二六二円

3  相続

原告篤子本人尋問の結果によると原告らは、政博の両親であることが認められるので、相続分に従つて政博の損害賠償請求権を二分の一宛相続により取得した。

なお原告らが、被告らに請求できる額は、右養育費を控除した各一九七万八四七六円である。

(二)  慰藉料

政博の死亡により原告らの受けた精神的苦痛を慰藉するには、各一七〇万円が相当な額である。

(三)  過失相殺

原告篤子本人尋問の結果によると政博は加害車が来たので、大川栄子と一緒に自宅から道路へ出たこと、同原告は洗濯物を干していたので、出ていくのを知りながら止めなかつたことが認められる。

右事実および前記認定事実に基いて考えると、まだ四才になつたばかりで、十分に現在の交通状況に即応して行動できない幼児を、自動車の来たことを知りながら、監護者なしに道路に出した点、同原告にも、事故発生について過失があつたと云わざるを得ない。

ところが被告らは、事故の発生を争い、過失相殺の主張を明らかにはしていないが、政博の自損行為であると述べ、結局自らの過失により死を招いた旨の主張をしているものと解されるから、原告篤子の右過失を損害額の算定につき斟酌することにする。

(なお過失相殺は、主張がなくとも、職権ですることができる。)

そこで、被告窪田の過失と原告側の過失の割合を検討すると、原告側二、被告窪田八と解するのが相当である。

(四)  控除

原告らが自賠責保険から各二五〇万円宛填補を受けたことは、原告らの自認するところであるから、前記損害金額より各控除する。

(五)  弁護士費用

被告らに対し、原告らは各四四万二七八〇円の支払を求め得るところ、成立に争いがない甲第三号証と弁論の全趣旨によると原告らは被告らが任意に弁済しないので、本件訴訟代理人にその取立を委任し、その報酬等として請求金額の一割五分に相当する金員の支払を約束したことが認められるが、本件訴訟の経過に鑑み、被告らに支払を求め得るのは内五万円と解する。

四  そうすると、原告らは各四九万二七八〇円およびこれに対する事故発生の日の翌日であること明らかな昭和四六年四月二九日より支払済み迄年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求めうるので、原告らの本訴各請求を右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 新城雅夫)

図面

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例